不良少年とキリスト

薔薇色ノ腐乱少女

インターネット上で巻き起こるブレイクコア・リバイバルの謎に迫る

 本稿はJames Guiによって執筆され、Bandcamp Daily上で今年4月に公開された以下の記事「Demystifying the Internet’s Breakcore Revival」の和訳です。本稿は個人的な用途で和訳したものですが、昨今、勃興するhyperpopやHexDなど新興ジャンルに興味のある方々にも参考になると思った為、ブログ上で公開することにしました。もし、翻訳に誤りがあった場合、遠慮なくお申し付けください。

https://daily.bandcamp.com/lists/breakcore-revival-list   ________________________________________

 2010年代初頭のノスタルジックなサウンドがVaporwaveのチョップド&スクリュード・ミューザックだとすれば、近年はそれに匹敵するものとしてブレイクコアがある。Machine Girlやgoreshitのようなアーティストに触発され、インターネット・ミュージシャンの一部は、物事をスローダウンさせるよりスピードアップさせることを選んだ。アーメンブレイクやアニメ、ビデオゲームの美学は、Y2Kを掻き立てる為のツールだ。

 しかし、ブレイクを使えば必ずしもブレイクコアになるとは限らない。アトモスフィリックなシンセにブレイクを乗せ、ジャケットに『Serial Experiments Lain』のファンアートを施せばブレイクコアと呼ぶに相応しい曲が完成する。「ブレイクビーツを曲げたり、グリッチを掛けたり、様々なサウンドを取り入れる。これは失われたものだと思う」とMike Hollis, aka x.nte.は述べる。混乱の多くは、ブレイクコアの音楽的系譜と平行しているサブジャンルであるハードコア・ブレイクから生まれている。Machine Girlが2014年にリリースした『WLFGRL』は、フットワークとジャングルを行き来しており、このジャンルの融合が始まったキッカケであると考えられる。物議を醸したプロデューサー、Sewerslvtの音楽を人々がブレイクコアと呼ぶ頃には、この言葉はアトモスフィリックでテンポの速いブレイクビーツ全てをその範疇に飲み込んでしまった。

 2006年のドキュメンタリーによると、ブレイクコアの起源は90年代半ばまで遡り、ジャングル、ハッピーハードコア、ラガ、グラインドコア、パンク、IDMなどのジャンルのアルファベットスープから生まれた「憎き子」であったそうだ。Venetian Snaresは2000年代半ばにこのサウンドを普及させ、〈Peace Off〉などのレーベルはフランスでこのサウンドを推し進めた。Alec Empire率いるAtari Teenage Riotなど、デジタル・ハードコアと並んで登場したブレイクコアは、しばしば反ファシストや政治的倫理観が明確に打ち出されていた。現代のブレイクコアの特徴であるカラフルなY2Kの美学や型に嵌ったドラムンベースと比較すると、全く異なるジャンルだった。「インターネット文化がこのジャンルを取り込み、主張というよりミームになってしまった」とHollisは言う。

 「インターネット文化は、それ自体は大きな問題ではないけれど、毒性をもたらす」と彼は続ける。evaboyとしてジャンルを飛び越え、ブレイクコアにも手を出していたMiya Loweは、その毒性によって新興のシーンから身を引かなければならなくなった。「シーンから離れ、距離を置いたことに後悔はない 。ストレスが多く、酷いドラマがたくさんあった 」と彼は述べる。しかし、Andrew Whelanの民族誌的研究が示唆するように、インターネット文化は、その「エッジの効いた」毒性と共に、ブレイクコアの片隅で常に湧き上がっていたのである。それ以前のハードコア・パンクと同様に、ブレイクコアが音楽的に極限状態で存在することは、時にそのシーンにおける政治的・個人的な矛盾を引き起こしてきた。

 それでも、アニメやビデオゲームなどのサブカルチャーの看板を利用して、URLやIRLのパーティでスタイルを推し進めるブレイクコア・アーティストが存在する。〈Death by Sheep〉〈Kitty on Fire〉〈909 Worldwide〉〈Norm Corps〉〈Landline Collective〉〈Suck Puck Records〉などのレーベルやコレクティブは、ハードコア・ブレイクとブレイクコアの並行した軌跡を収束させ、この復活の最前線に立っている。以下はそのハイライトである。

 

deathbysheep.com

 Golden BoyことParis Alexanderは、ブレイクコアリバイバルにおける特異な存在である。アーティストやファンは昨年、彼女の悲劇的な死を悼んだ。「彼女は全米の新世代のレイバーたちの事実上のリーダーだったように思う」とMachine Girlはソーシャルメディアに投稿している。彼女のトラックはガバキックとベントブレイクの間にインターネット文化やビデオゲームのリファレンスを散りばめ、ブレイクコアの原点であるポプリサウンドに新しいファンを繋ぐものだった。〈Norm Corps label〉の創設者である彼女は、Lil Kevo 303、99jakes、Deejay Chainwallet、その他の著名プロデューサーが参加したポートランドのシークレットショーで、909 Worldwideと共にブレイクコアリバイバルをURLからIRLに持ち込んだのである。

 

deathbysheep.com

 アトランタを拠点に活動するElevationとx.nteは、x.nteが行っていたノイズショーで知り合って以来、親しい協力者、友人として交流を深めてきた。『鉄拳』で意気投合した彼らは、〈Never Normal Records〉からリリースされた『Angel 993』でコラボレーションを果たし、M.U.G.E.N.をベースにした格闘ゲームとトーナメントを含むアフロフューチャー系のプロジェクトとなった。

 最新作では、〈Death by Sheep〉にスキットでジャジーブレイクコアを提供している。「最近、地元のMachine GirlのライヴでSweet(Death By SheepのA&R)に会った。音楽の話をするようになって、結局こうなった」とHollisは言う。『Singularity Fallout』は、アトランタアンダーグラウンドで炸裂するクリエイティビティを覗き見るような内容で、カバーアートはnohighs、NO EYESなどが担当している。

 

caspermcfadden.bandcamp.com

 90年代のJ-RPGのミュートされたブラウン管環境や中期MMOのピクセル化された世界に幼少期を浸していた人には必聴の音盤だ。909 WorldwideのCasper McFaddenとMANAPOOLは、古いゲームサウンドトラックを噛み砕き、時には200BPMを超えるブレイクビーツとキックでそれらを吐き出す。M6は『クロノ・クロス』 の「Dream Of The Shore Near Another World」の海辺の雰囲気を再文脈化し、M7は光田康典が作曲した『クロノ・トリガー』の初期作品を西暦600年のサウンドから西暦2300年のサウンドにリエンジニアリングしている。また、M8は『メイプルストーリー』のエリアダンジョンに登場する森の歌をリミックスしたもので、懐かしさの3連発コンボを完成させた。

 

normcorps.bandcamp.com

 ブレイクコアリバイバルサンプラーを23曲でお届けする音盤。Golden Boyが亡くなる前にキュレーションした『BREAK CORPS 2』は、ベテランに加えて新人アーティストをフィーチャーし、これからのブレイクコアの形を概説している。CDRがシンクブレイクを揶揄したM4、bye2がマシンガンキックと中央アジアのサンプルを使用したM11、NANORAYの4×4レイヴアンセムM15など、2020年代におけるブレイクコア・ハードコア・ブレイクの連続性の幅を示すコンピレーションとなっている。

 

landlinecollective.bandcamp.com

 ブレイクコアリバイバルのシーンでノスタルジックな一面を体現するのが〈Landline Collective〉だ。VAPORCHROME、Windowshopping、DJ KLAPTRAP、bye2、vertigoaway、NANORAY、s0cky、purity://filterから構成される〈Landline Collective〉は、ジャングル、フットワーク、ジューク、ハードコア、ノイズ、アンビエントなどブレイクコアスペクトラムに浸るサウンドを扱っている。VAPORCHROMEのM1で聴けるように、彼らはしばしばディストーションとローファイ・スタイルを使って、画面が割れて液晶が漏れ出したゲームボーイアドバンスロックマンエグゼシリーズをプレイするような歪んだノスタルジー性を強調している。

 

landlinecollective.bandcamp.com

 昨年、Landlineとタッグを組んだ5ubaruuは、攻撃的なブレイク・スライスと煌めくシンセのうねりを並列に配置し、至福と不安の間で揺れ動く独特の雰囲気を作り出している。この緊張感は、最終トラックM5で前面に押し出され、アンビエントな進行の最中に、BPM200のガバキックが頭を打ちつける。

 

madbreaks.bandcamp.com

 メキシコを拠点とするレーベル〈MAD BREAKS〉は、2021年半ばに初のコンピレーションをリリースし、ブレイクコアリバイバルの新鋭たちをカタログ化してきた。このコンピレーションでは、Harmful Logicがファンクなカリオカのビートボックスとベースラインを取り入れたM1、Sophiaaaahjkl;8901がK-POPをハイテンションなガバとフットワークでこじつけたM26など新鮮な音楽融合が見受けられる。

その不思議なサウンドVol.1

 本シリーズ「その不思議なサウンド」では、最近入手した「極私的名盤」を備忘録として紹介します。即時性を優先している為、情報収集に不足があるかもしれません。もし、記載に誤りがあった場合、遠慮なくお申し付けください。因みに、「その不思議なサウンド」というシリーズ名は、先日再発されて大きな話題を呼んだ俗流アンビエントの大傑作『アロエ: その不思議なサウンド』から拝借しました。よしなにお願いします。

 

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滝沢淑行『アンジェリーク外伝4〜虹の記憶〜音楽集: 太陽の子守歌』(2001)

 コーエーが展開する女性向け恋愛ゲームシリーズのサントラ。M27を除いて全篇ニューエイジ色の濃いインスト曲が並ぶ。コンポーザーの滝沢淑行はネットで検索しても情報がほとんど見当たらない謎の人物。しかし、エスニック感溢れるM2、コズミックな和レアリックM12、ライトメロウM17、小久保隆を彷彿させるM23など聴きどころは多い。因みに、アンジェリークシリーズのキャラソン集が『オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド』に掲載されており、そちらも併せて聴きたい。

 

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上田浩恵『Blew』 (1988) 

 1986年に〈Pony Canyon〉からデビューしたAOR系シンガーソングライターの2ndにしてラストアルバム。作家陣は吉田美奈子EPO岡田徹村松邦男崎谷健次郎など豪華な面々である。松村邦男によるアレンジが絶妙なアーバンブギーM4は特に洗練されている 。伸びやか且つどこか憂いを帯びた歌声が唯一無二。2004年からWhoopin名義でゴスペル歌手として活躍中だ。

 

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大野恭史『万引防止:  音楽萹』(1994)

 コンポーザーの大野恭史は、90年代に〈Victor Entertainment〉が展開した『マインド・コントロール・ミュージック』の膨大な作品群を手掛けたことで知られる。とりわけ異彩を放っているのが本作。全篇音数の少ないチープな打ち込み主体の所謂ジャスコテックである。早すぎたVaporwaveとしてニッチな音楽マニアを中心に近年注目を集めるBest Musicによる『Music For Supermarket』。しかし、本作は「架空のスーパーマーケットで流れるBGM」という同じコンセプトを持ちながら、そちらより13年早くリリースされているから驚きだ。因みに、本作はサブスクでも聴くことができる。

 

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Various Artists『あくまでラブコメ』(1992)

 〈Teichiku Records〉からリリースされた楠桂原作『あくまでラブコメ』のイメージアルバム。コンポーザー陣として木村賢一、鶴田海生という『オカルト・バージン: Sound Movie』『紅伝説』でその才能を発揮した名コンビが携わっている。鶴田海生作編曲による和モノの極北とも呼べるM6では、可愛らしいジャケットから想像しがたい不気味なサウンドが展開される。

 

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XPサイエンス『恋愛運』(2002?)

 獣医師、朝比奈征爾率いる超能力集団XPサイエンスが2002年頃に発表したサブリミナル系俗流アンビエント。本作の魅力はなんと言ってもその謳い文句だ。曰く、CDが回転することにより「超次元パワー」が発生する為、消音でも効果を期待できる。まさにアンタイレコードのような代物である。また、同アーティストはアニマルセラピー研究所名義でペットのオーラルケア効果を謳う『お口きれい』という作品もリリースしている。

 

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中山讓『天まで駆けるよ』(1994)

 ユズリンの愛称で親しまれる静岡出身のシンガーソングライターによる2ndアルバム。作詞作曲は柚梨太郎名義で本人が、アレンジは金井信、玉木孝治が手掛けている。本来は子どもたちに向けた作品だと思われるが、シティポップリスナーの琴線にも触れること間違いなし。ベストトラックM1では、大麻を吸った歌のおにいさんのような陽気さを味わえる。「どんな薬よりすごく効くんだよ…」という歌詞が忘れられない。

 

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小笠原ちあき『ちゃき・ちゃき・はうすのサウンド・カーニバル』(1988)

 1988年に〈Kitty Records〉からデビューした漫画家兼シンガーソングライターの1stアルバム。また、テレフォンインフォメーション「ちゃき・ちゃき・はうす」のイメージアルバムでもある。谷山浩子作詞作曲によるメルヘンナンバーM7に注目するかもしれない。しかし、ダンサンブルなブギーM2、都会の夜を疾走するようなM3、デジタルシティポップM5、先鋭的なアダルトロックM6など全篇にわたって佳曲が散見される。因みに、装画は同アーティストの従姉妹、成田美名子が担当している。

 

 さて、今回は以上になります。楽しんで頂けたでしょうか。本シリーズを読んで音楽に興味を持った方は是非、私たちと一緒に深淵なるレコードディグの旅へ出かけませんか?またお会いしましょう。